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「ノロイ」人生最高で最悪の映画体験

世界で初めて公開された商業映画は、リュミエール兄弟の「ラ・シオタ駅への列車の到着」だとされている。スクリーンの奥から手前にやってくる蒸気機関車の映像を観て、観客は本物の列車がこちらにやってくると思い込み、叫び声を上げながら逃げ出したという。

これが本当なら、彼らは映画史上、もっとも刺激的な映像体験をした観客といえるだろう。映像の世紀を経た我々には、もはやそこまでの想像力は残っていない。

だが僕は生涯に一度だけ、おそらくこれに匹敵するほどの壮絶な映画体験をした。そして死ぬまでにこれを超える体験に出会うことはないだろう。

それが、白石晃士監督のホラー映画「ノロイ」である。


(注意: ここから先「ノロイ」のネタバレを含みます)

「ノロイ」を鑑賞したのは、実家の近くにあるショッピングモールに併設された映画館だった。規模の割にいつもガラガラで、休日でも席の半分も埋まれば上等なほどの劇場だ。平日のレイトショーの時間である時点で嫌な予感がしたのだが、案の定、観客は僕ひとりだった。

こんなに心細いことがあるだろうか? ホラー映画を観に来たのは確かだが、ホラーな体験をしにきたわけではない。自分でも言ってる意味がわからないが要は「そんなに怖い目に合うつもりはなかった」ってことである。せめて映画の内容がしょぼければと謎な期待をかけたものの、現実はそう甘くはなかった。

映画の内容の話をしよう。杉書房から多数の実話系ホラービデオを発表していた、小林雅文という映像作家がいる。彼はある日「ノロイ」というビデオ作品を残し、謎の失踪を遂げた。今日に至るまで彼の行方はわかっていない。

関係者はこのドキュメンタリー作品をなんとか世に出そうとはしたものの、内容があまりに衝撃的だったので、そのままでは発表できなかった。そのため一部の映像は俳優を使って新たに撮り直すなどの処理を行い、劇場用に編集し直したものが「ノロイ」という映画なのだ。

女優・松本まりかとアンガールズが出演した心霊スポット巡りの特番、謎の怪奇現象に悩まされる親子、何もない空間から髪の毛を出現させてみせる超能力少女、全身をアルミホイルで包んだ霊能力者、鬼を祀った神社の祭礼を撮影した昭和の8ミリビデオ……などの断片的な情報をつなげながら、それらすべての背後にとてつもなく大きな悪意が存在していることを「ノロイ」は証明していく。

この世を食い尽くすほどの力をもつ「かぐたば」と呼ばれる悪霊と、それを追いかけ、ついに行方不明になってしまう小林。失踪後に小林から突如送られてきたテープに収められていた恐怖映像でこの映画は締めくくられる。エンドロールすら流れることはない。

突然明るくなった劇場にひとり取り残された僕は、まったくの放心状態で腰が抜けてしまい、いま見せつけられた映像をどう理解すればいいのかわからないまま、ふらふらとした足取りで自宅に戻った。

あの映画のどこからどこまでが真実なのか。

死体らしきものが映っている場面、テレビの再現ドラマで見たことのある俳優が映っている場面は撮り直しに違いないが、ほかのシーンは?

超能力少女が出てきたテレビ番組、あれはどこかで観たことある気がするぞ?

そして、結局「かぐたば」はどうなったのか……?

もやもやした思いを解決したくて、帰ってすぐ「ノロイ」をインターネットで検索し、これがモキュメンタリー(フィクション)であることを知ったとき、安堵のあまりその場にへたり込んだ。

しかしよくできたモキュメンタリーだった。劇中に登場した超能力特番は、よくテレビで聞くナレーターに、スタジオゲストに荒俣宏と飯島愛という「どこかで観た感じ」をうまーく出していた。「一部のシーンは俳優を使って撮り直している」という情報も、もしかしたら本物の映像が混じっているかもしれない不安を心の隅に残すには十分だった。

ホラー映画と現実を混同して腰を抜かすなんて、この先二度とないだろう。これも、夜中の映画館でひとりっきりでホラー・モキュメンタリーを観るという特殊な状況だからこそできたことだ。僕は、この映画を日本で一番楽しんだ人間だと胸を張って言える。実に最高で最悪の映画体験だった。

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